2009/12/23

先を読む頭脳(新潮文庫)



羽生 善治,松原 仁,伊藤 毅志
新潮社
発売日:2009-03-28

科学的には「二人完全情報確定ゼロ和ゲーム」と定義される将棋。その世界で長年トップを走っている羽生善治の思考/頭脳に、人工知能的・認知科学的両面からアプローチする本。よって、羽生氏本人、人工知能研究の松原氏、認知科学研究の伊藤氏、3名の共著となっている。各章、本人のインタビュー記事と研究者の解説記事のセットで構成。

将棋をやらない自分にとって、羽生氏は新聞やニュースでその活躍を知る程度。しかし、ウェブ進化論 の中で紹介されたように、ネット社会の現状を「学習の高速道路とその先の渋滞」と表現した言葉には、同時代の共感と同時に、言語センスの高さに感銘を受けた。

事実、認知科学的に見た場合、羽生氏は「メタ認知」「自己説明能力」と言われる、自分の思考を客観的に捉える力とそれを説明する能力が極めて高いそうだ。本書内でもその能力は発揮されていて、将棋のルールを知らない読者でも理解できるよう、対戦中の思考回路や戦略の考え方などを一段階抽象化、もしくは言い換えて伝えてくれる。長年第一線で活躍している事実に裏付けられるそれらの言葉に学ぶことは多い。

プロになるためには、もちろん持って生まれた先天的なセンスや能力が大事だと思いますが、それ以上に必要なものがあると私は思っています。それは例えば、非常に難しくてどう指せばいいのか分からないような場面に直面したとき、何時間も考え続けることができる力。そして、その努力を何年もの間、続けていくことができる力です。 P30
事柄を「理解する」ということは、表現されているモノを自分が持っている知識に対応させて、その基準で考えていかないとなし得ない P72
いい形を作り上げることを目指すのは無論、重要なことですが、それと同時に、有効に動かすことができる駒をいかに数多く残しておくかということにも、かなりの神経をつかわなくてはならないのです P91
ひとつ確実に言えることは、将棋では若いということはそれ自体が強さなのです。それは若いときには善悪は別にして、指し手の選択に勢いがあるからです。年齢を重ねるに連れて失敗の経験も増えるので、どうしても躊躇する気持ちが生まれてきます。それによって折角こちらに来ているいい流れを、自ら止めてしまうことがあるのです。 P93
自分は選択の幅をたくさん残しながら、相手の手は限定されるように指していって、ゲームがススムに連れて、最終的に相手は戦略的に有効な手がないという場面を作りだすのが、理想的な指し方になるのです。 P94

本書を読みながら、自分自身の経験でふと思い出したのは、小学4年で親から教えてもらった五目並べで、"先読み"をしていた事。遊びの対戦でも、(奥の深さは将棋に遠く及ばないが)えらく先まで読んで1手を決めていた。かなり昔の事だけど、その思考プロセスは明確に覚えていて、1)今ある形から、2)自分が持っていきたい形を頭に描き、3)1手ずつ自分と相手をシミュレーションして、4)相手が気がつかなそうな手順で置いていく 事をやっていた。当時10才くらいだけど、多分人生で初めて意識的にやった「仮説検証」だったんだと思う。同年代には、ほぼ負けなしだったから、それなりに効果はあったのかな。

以降、五目並べ自体は遠ざかったけれど、普段の仕事やコミュニケーションでも、この時養った思考回路は活きているような気がする。


羽生氏の思考に感じられるという点だけでも良書だけれど、眠っていた個人的な記憶を意識させてくれたという意味で、更に◎。


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