2010/08/08

ヴァンクライバーン 国際ピアノコンクール  吉原真里

吉原 真里
アルテスパブリッシング
発売日:2010-06-25

テキサスの真ん中、西部の始まりの街フォートワースで4年に一度行われる国際ピアノコンクールを追ったドキュメント。ニュースでも報道されていた通り、2009年は辻井さんとハオチェン・チャンの優勝(*)で幕を閉じたわけだけど、本書は「日本人初優勝」という話題ありきの企画もの取材ではないため、中身が濃い。
  1. 地域コミュニティとアートイベントのパッケージ手法
  2. 主催者・出場者などへのインタビューが充実

■地域コミュニティとアートイベントのパッケージ手法
フォートワースは元々、ウエスタンなカウボーイの街。場所はこんな位置。

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 元々ピアノとは全く無関係のこの地で、何故これほどまでの国際的なピアノコンクールが成功しているかが、この本を読むと良く分かる。賞金の多さやファイナリストに与えられるマネージメント契約、世界各地でのリサイタル権も一つの要素であるけれど、最大の要素は、地元コミュニティとの繋がりである。
近年(というかいつの時代にも)、アートを地域振興のツールにしようという向きがあって、日本でも直島のように成功例も出てきているが、ここでもおじいちゃん・おばあちゃんをはじめとした、地元民が積極的にコミットしていると聞く(おにぎり作ったり、来訪者を案内したり)。
フォートワースも、コンクールは3週間に渡って行われるが、その間、出場者とその家族は、地元のホストファミリーの家にステイする事が決まりとなっている。自ずと市民も「自分たちのイベント」という意識が働くから、ホストファミリーにはなれずとも、コンクールのボランティアが1200人(!)も参加しているとの事。
その他にも、地域のイベントとして活性化させるための苦労が記述されており、地域振興のケーススタディとしても興味深く読める。

■主催者・出場者などへのインタビューが充実
クライバーン財団のプログラム監督や、コンクールの審査員、出場者とそのマネージャなど、幅広くインタビューしていて、コンクールの背景や思想、出場者がどのような思いを持っているか等があぶりだされている。
その中でも、とても19歳(2009年時点)とは思えない、ハオチェン・チャンの受け答えがすばらしい。自分の生い立ちからピアニストとしての考え方、曲や他の演奏者に対する意見など、主観と客観のバランス感覚が秀逸。



最後に、審査員に配布されるというハンドブックの序文を引用。コンクールや財団が目指す方向性が明確に示されていて気持ちがいい。
審査員は、コンクールでの演奏中、音楽製、様式的整合性、音楽的高潔性、作曲家の意図の理解、形式的整合性、音色についての感性、個性、創造的イマジネーションなどといった、明らかに考慮すべき点に注意を払うようお願いします。
しかし、それと同時に、審査員は、内なる耳ーそれは、心、または魂と呼ぶべきでしょうかーをもって演奏を聴いてください。つまり、音程やリズム、音量等といったことを超えた(中略)われわれの感情をあふれさせ、われわれの価値観を育んでくれるようなもの、それこそに耳を傾けてほしいのです。
各回のコンクールで真の芸術家を発見できるということは必ずしも想定できませんが、いつの日か真の芸術家になるであろう人物を見きわめることはできるでしょう。審査員は、そうした、偉大なる芸術家としての資質を備え、コンクールによっていくつかの扉を開けられるための準備ができている、非常に特別な音楽家たちを見つけるべく、耳を傾けてください。
忘れてはならないのは、ヴァン・クライバーン財団の機能は、「スター」を発見することではなく、われわれの支援を受けるにふさわしい音楽家に機会を与えることだということです。
審査員は、誰かにとても強力な助けの手を差しのべることが出来る、とても特別な立場にあるのです。これは重大な責任であると同時に、審査員に大きな喜びと満足感をもたらすものであると信じています。P76

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